2019年02月03日

フィナーレ(4)

 ホームページ開設の契機は、私の知らない人たちの私の経歴に関するネットでのニセ情報を正すためでした ☆東京★社会音楽教育研究所で2001年に開設しました。越谷・歌のおかあさんで作曲でも活躍されている K・ Mさんにご助力いただきました。その後管理が現音の T・ Tさんに移りご支援をいただきました ☆個人が自己宣伝をする時代が過ぎたようです。情報はニセ情報、個人の自慢話も含め巷に溢れています。必要な価値ある情報は、フェイク・中傷を越えて、第三者が伝えてくれています。坪能の個人 HPが無くても、社会で必要な坪能の情報は今後も伝わって行くと思われます・・・ありがとうございました。
posted by Dr.ひ〜ろ〜(坪能克裕) at 22:08| Comment(0) | TrackBack(0) | ドキュメント

2019年02月02日

フィナーレ(3)

 「あいつはダメだ」と随分言われた。取り返しのつかない瞬間の積み重ねもあった。出会いでは各界の一流・トップの人びとで、貴重なお話しやお仕事をさせていただいてきた。途中、困ったことに出会うと、必ず天使のように現れて導いてくれる人びとの存在があった。それに対して世や人びとに私がご恩を報いたかどうかは大いに疑問だ ☆古希も過ぎてしまった。大体が決算済みになる。希だという意味は、実は勝負はこれからだ、ということだ。余計な事はしない、迷惑は掛けない、と誓う年齢でもある。仲間を見ていると、何時活動など止まっても可笑しくないのだが、人は形振り構って生きていない時が面白いので、自己責任で賄える迷惑はかけ続けるのだと思っている ☆自分の回りに現れる現象の発信源は自分にあると思う。いいことも悪い事も合わせて飲み込み、感謝しながら出会った人びとへのご多幸を祈っていくことにしている。
posted by Dr.ひ〜ろ〜(坪能克裕) at 18:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2019年02月01日

フィナーレ(2)

 作曲には三つ種類がある。多くは一音から全て自分で描いた音楽だ。次に誰かに書かせる(依頼・委嘱ほか指導などの成果)、三つ目は「みんなでつくる」音楽 ☆一番目は多くの天才が人類の財産として作品を残しているし、現在も続々と生まれている。二番目の第三者につくらせることは、パトロンの存在や名作をつくる資金や環境をもった人びとを含め偉大な業績でもある。最後のみんなでつくることは、昔から世界の民族音楽を例に取るまでもなく音楽の原点になっている。本当に生きた音楽をつくり合い、表現し合うのはその分野だろう。でも誰かの実績が評価されて残ることは希だ ☆私の作曲はその三つの全てを実行して来た。どれも大切だが、三番目のみんなでつくり、優れた音楽に寄り添う時、自分の手柄としての記録が残りづらいものでもあるが他に無い素晴らしさを感じて来た。そこに精力を傾けてきた音楽家は少ない。そして時間と共に人の存在は忘れ去られる運命も持っている。妙な作曲活動を続けてきたものだと思っている。
posted by Dr.ひ〜ろ〜(坪能克裕) at 22:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2019年01月31日

フィナーレ(1)

 長い間みなさまにお世話になりましたが、本ホームページを閉じることにしました ☆まだまだ発信材料は私にはあるつもりですが、本ページに訪問されますみなさまの受信材料としては物足りなくなったと思っています。1,300回ほどの記事でした ☆演奏会でも、子どもの歌や新しい分野とのラボレーションなどは計画されていて、お知らせしたいことは沢山あります。他の誰とも違った作曲家の道を歩むことを願った私の道中はこれからが面白いのかもしれません ☆ワイフの由紀子も残された仕事・勉強が多く、誰とも違う道を歩んで行くようです。海外で英語の著書を出しましたし、そう、日本女子大学名誉教授がラストかと思っていたら、もう一つ大学の教授職で呼ばれて仕事をさせていただいていますし、今年から東京大学の講師になってしまいました。他の人の進路や展開とは随分違うようです・・・などなど、残りの枚数を少々書き足して、幕を下ろすことにしました。ありがとうございました。
posted by Dr.ひ〜ろ〜(坪能克裕) at 23:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2019年01月21日

あこがれ

 指導者の様々な「あこがれ」が後進の育成には欠かせない。ああなりたいという鮮明な目標のあることが絶対条件だ ☆ワークショップリーダーがどんなに魅力であっても、参加者がスターになることが一番だ。とするとスターが生まれ育つ環境にはワークショップリーダーのサポートが偉大だが、その存在が目立たなくて参加者が目立つことが成功を意味している ☆となるとワークショップリーダーの名人はああなりたい存在から遠くなる程成果を上げていることになる。しかし指導者の存在が目立つ仕事でないと魅力が無くなる。そのギリギリの境に創造の生命が宿っている ☆一般的には目立たないと評価対象から外れることが多い。だから目立ちたい人と、目立たない不満を持ったままリタイアする人とが出てくる。その目立たない人にあこがれを持つひとが物事の神髄に触れている可能性があるが、それは希なことだ ☆その損な役を続けて来て、みんながつくったことを喜んできた自分がいることを不思議に思う時がある。
posted by Dr.ひ〜ろ〜(坪能克裕) at 00:34| 日記

2019年01月04日

天才と凡才の狭間

 「蝶の谷」という拙作(合唱曲)がある。 You tubeで見た ☆以前はミクでも採り上げられた。現在小学校の合唱団が歌っている動画がアップされている。これが感心するくらい上手い!作曲家はいい演奏をしていただくと天才ではないか!と感動し、下手な演奏では凡才を披瀝したようで書いたことを悔やむモノだ ☆作詞家の「名村
 宏」先生の作品だ。亡くなられた奥様が名村先生の作品を何百回も口ずさんでおられた・・・ご本人の誕生日、缶ビールとつまみをテーブルに用意して、美味しく飲むためにお風呂に入った。そのママ亡くなられた ☆「蝶の谷はどこにあるんですか?」子どもの質問に「誰も知らない 冬の谷間に」あるんだよ・・・子どもが歌い上げる時、創り手のドラマも映し出される。
posted by Dr.ひ〜ろ〜(坪能克裕) at 19:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2019年01月02日

謹賀新年

 あけましておめでとうございます。本ページにご訪問下さった人びとのご多幸をお祈りします ☆お正月は珍しく自作の演歌を You tube で聴いて過ごしました。美空ひばりの「昭和ながれ花」「ふる里は遠い空」のカップリングです。神宮司 聖の作曲ですが私のペンネームです。演歌の作曲に相応しいと高僧が発売当時命名下さったのですが、しかし全然売れませんでした。巨人の江川事件があった年の発売です。ひばりさんの苦難の年でもありました ☆ヒットしなかった曲にはそれなりの意味があります。甘んじて受け入れますが、古くさく感じても私の歌のソースであり、ひばりさんの歌唱も加わり私の大好きな歌です! ☆昭和も遠くなり、やがて平成も遠くなるでしょう。私の歌など忘れ去られることは明白ですが、でもこの二作品は私の生命の響きと輝きがあるのです!
posted by Dr.ひ〜ろ〜(坪能克裕) at 23:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2018年12月30日

コーダから新次元へ

 今年も暮れて行きます ☆作曲家団体での音楽教育プログラムの代表も卒業です。音楽づくりワークショップを30年近く実施してきました。01年には「現代音楽教育プログラム研究部会」を日本現代音楽協会内に設置して、作曲家の仲間も学校の音楽の先生がたと共同で活動して参りました。そこから多くの人財や手だてが育って行きました ☆最後まで私が頑張ることも大切ですが、時代は動いて行きます。次世代の人びとの活動を期待しながらサポートが必要な所はさせていただく役の方がいいと思いました ☆大学の教員も卒業。文化事業の推進役も卒業。そして作曲家団体のご意見番も卒業の、年の暮れです。新年に本ブログにご訪問される人びとのご多幸をお祈りしています。
posted by Dr.ひ〜ろ〜(坪能克裕) at 20:32| ドキュメント

2018年12月03日

音楽づくりの作曲家

 音楽づくりと作曲は似ているようで違う ☆作曲家は無数の音の中からコンセプトに従って音を固定していく。もちろん再現では表現として固定された音たちが常に新たな装いで、明確なコンセプトの上に蘇ることができる
☆音楽づくりは作曲の方法を使いながらも、作曲者が固定(指定)した音から、つくり合う、演奏し合う人びとによって解き放たれていく。作曲という概念を拡げるのがそれだ。ということは作曲とは真逆の方向にある。だから作曲家は音楽がどのようにつくられ、音楽としてまとめられるかは知っていても、参加者が自在に音を組み合わせて音楽にしていくことには、許し難いものがある。作曲家が他の追従を許さない音楽を持っている人ほど、寛容に見守ることが出来ないことがそこにはある。
posted by Dr.ひ〜ろ〜(坪能克裕) at 22:30| 日記

2018年12月02日

子どもの創造

 「みんなでつくるコンチェルト(坪能克裕作曲)」の初演が11月30日(金)、東京オペラシティ・リサイタルホールで行われた。尾山台小学校音楽クラブ児童がトーンチャイムを手にして、考え、つくり、表現した音楽を、作曲家・ハープの演奏家・音楽教師、そして目に障害のある人びとも加わり、サポートし合いながら発表したものである ☆子どもの耳は優れていて、聴き合いながら新たな表現を即座に展開させる力を持っている・・・しかし、余りにも優れていると「基は子どもが考え、つくり、表現した音楽を大人が支えただけです」という、本当の事が通らなくなる。大人や教師がつくって、子どもにやらせたのだ、と考えることで納得するからだ ☆以前、東横学園小学校の児童が、吹奏楽の演奏会に、サントリーホールで「吹奏楽の新次元」という作品を発表した時もそうだった。満足に音が出ない楽器を手に、楽器から声を出し、手拍子やコーラスを加えて、自分たちが考え、つくった音楽は、満席の聴衆を唸らせる力が合ったが、子どもがあそびながら楽しんでつくったとは誰も考えず「あんな難しい事を子どもに教えて!」と非難囂々の意見もあった ☆子どもの創造力、音楽づくりの最前線がそこにはあったが、私の次の世代が拡げてくれることを期待しながら、ひとつの時代の区切りがついたように感じた。
posted by Dr.ひ〜ろ〜(坪能克裕) at 17:07| 日記