2018年03月31日

ありがとう

 ブログを開設以来18年間で約2,500本書かせていただいた。ほぼ全部お読み下さった人も数名おられた。感謝の気持ちで一杯だ ☆リニューアルするかもしれないが、ひとたび幕を引くことにした。皮肉なことに自作演奏会のお知らせなど続々と誕生しつつある。何かで伝わることだろう。アクセスしてくださった人びとのご健勝でのご活躍を、お祈りしています。
posted by Dr.ひ〜ろ〜(坪能克裕) at 21:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2018年03月28日

稲荷神社

 山林を耕しただけの作物・食べ物がない土地に私は生まれ育った。家族の心の支えに、と神主の叔父が伏見稲荷様の分家を縁にしてくださった。小さな祠だったが亡父がお祀りしてくれていた ☆旧の“初午”が縁日だ。母が継いで護っていたが、この初午に拙宅に移転した。私が御守りすることになった。狂信的に何かを祀るのではない。自然の中で触れ合う命や、西洋の教会で生まれた音楽を愛するのと同じように、親族や仲間をはじめとした日々の祈りに新たな使命が加わった感があるようだ ☆御利益信仰ではない。二十代に行者もどきで百観音を結願したりして、今度は神主もどきか・・・仲間に対して祈っているようだが、実際は自分の取り返しのつかない悪行を、どうしたら少しでも取り返せるかを願っているに違いない。
posted by Dr.ひ〜ろ〜(坪能克裕) at 00:07| 日記

2018年03月27日

新年度へ

 年度末、ブログも年度末で終末期 ☆(公財)花王芸術・科学財団は音楽部門の審査員長をもう一期拝命している。三菱 UFJ銀行の財団も理事・審査員になっている。大学の教職一切は卒業し、作曲以外は第一線を退けるかと思いきや、音楽での社会参加は継続しそうだ ☆原点に立ち返って、小さな活動でも何処かで誰かの声に励まされて、社会貢献の音楽活動が続きそうだ。ホームページの立ち上げから二十年近くなる。最初は私の経歴など、誰が記したのかデタラメな記載が横行したので自分で立ち上げた。その後作曲家団体「日本現代音楽協会」の会長を拝命し、私が何を考え何を実践してきたか記してきた。時代が移り変わり、次世代の活躍が拡がって行く。感謝以外にない。
posted by Dr.ひ〜ろ〜(坪能克裕) at 22:39| 日記

2018年03月17日

生きたい時

 生きたい、と強く思う時がある。それは音楽を生む時だ。この曲が完成するまで生きていたいと願うことがよくあった ☆本当に忙しいと、生きるか死ぬか考えられないものだ。人生は、生きることは、など余裕がないと考えられないことのようだ。切羽詰まって書いていることが多かったから、先ずは書き終えることが第一だった ☆それとは別に、冒頭の叫びがある時は面白い世界を書いている時だ。何時もそうだ。死にたいと思わない生への執着が湧き上がる。不思議なことだ・・・いま、もうちょっと生きていたい、と思う世界を抱えている。
posted by Dr.ひ〜ろ〜(坪能克裕) at 00:00| 日記

2018年03月16日

表と裏

 何事にも表と裏はある。ひとも音楽も同じだ。音楽産業・音楽関係の学校も、お金もそうだ ☆音楽の仕掛けと同じで、社会のそれぞれの仕掛け(仕組み)は奥が深いが共通していることもある。「そうだったのか」と合点する事が多い。それをハジから書いてみようと思った事が何度もあった。下品にならないお話しは、どんな人とも目と目を合わせて話さないと偉いことになるので躊躇した ☆新人の音楽作品は何を話したいか、どうつくりたいか、音がどんな仕組みでどう進展させ終結したいか、聴き始めで結構分かってしまう。「ナンダこりゃ!」という恐ろしい音楽にはなかなか出会さない。新しい手だと思っても“焼き直し”がほとんどだ ☆表と裏と、そう中身が勝負だが、人は表面で判断して、それで結構平和でもある。中身が表を向いていればいいとも限らない。裏に真実があるのは世の常だ。オセロゲームではない裏の面白さは、音楽でこれからも語れると私は思っている。
posted by Dr.ひ〜ろ〜(坪能克裕) at 19:46| 日記

2018年03月15日

新作続々

 トーンチャイムの作品「祈りの鐘」が完成した。子どもから大人・障害の有無に関わらず参加できる音楽づくりから生み出される音楽だ。今年の晩秋までに公開演奏会で発表する予定だ ☆くらたここのみの詩に子どもが歌うう作品を多数書いた。子どもが一回で覚えて歌えるグレードだが、ピアノを含めた音楽の質は手加減していない。これも今年中にまとめて発表されるはずだ ☆室内楽と管弦楽曲の創作も盛んだ。でも演奏会の直前にホームページなどでお知らせできないのが残念。まだまだ新作を生み出すエネルギーと内容は衰えていない。
posted by Dr.ひ〜ろ〜(坪能克裕) at 11:57| 日記

2018年03月13日

フィナーレ

 本ブログが今月フィナーレを迎える ☆コミュニケーションの一つとしてブログがあった。その役割は終わったと判断した。公益性の大きな意見や活動、その成果の公開が大切で、個人的な趣味での継続は意味がないとも思っていた ☆後半月、思いつくことを少々記すかもしれないが、基本的には幕を引き、これまでお付き合いいただいた人びとに感謝の気持ちを大切にしていきたい。
posted by Dr.ひ〜ろ〜(坪能克裕) at 20:58| 日記

2018年03月02日

啓蒙企画

 古典芸能からクラシック音楽と様々なジャンルでレクチャー企画がある ☆「こんな素晴らしい世界を知らないなんて」「少しでも魅力を感じて!」など。しかし大体が素晴らしさを知っている(と思っている)ひとから、知らない人への(要は“上から目線”の)教育・啓蒙活動だ ☆今や知らないと思ったことは瞬時にネットで分かる。芸術でも面白さや魅力は直ぐに調べられる。つまり多くの人びとは知っていて、それ以上の関わる要求が無いだけなのだ。それを知らしめてやろうとは傲慢だ。その心理のカラクリが分からない人にクラシック音楽関係者が多い。本物を聴けば子どもでも分かる、と嘯いている。でピアノを弾いてみたら二流の演奏というケースも多い ☆魅力を伝えるには、いい演奏、関係者のいいキャラクターも必要だが、この種の思い上がりを反省することが一番だ。
posted by Dr.ひ〜ろ〜(坪能克裕) at 21:16| ドキュメント

2018年02月18日

命がけ

 人は命がけで生きている。生まれる時もそうだ。勉強も仕事も、時に病や恋愛にも、命がけの闘いで生き延びてきている ☆余裕がある人、遊びながら、楽しみながらの人や時もあっただろうが、大きな勝負に命を掛けて来て今があるのだろう ☆とてもそんな大それた気持ちは無く生きてきた?でもこれからも命がけは続いて行く。人は死ぬときも命がけなのだ。
posted by Dr.ひ〜ろ〜(坪能克裕) at 19:29| ドキュメント

2018年02月10日

魅力発進

 音楽の魅力、自分が専門とする出会った楽器の魅力、名曲や人との出会いの感動を、子どもにも分かる内容でみんなに話して欲しい ☆音大生に課した話題だが、聴き手も私も「なるほど」「凄い」「感激」という反応は一回も無かった。課題の出し方が悪かったのか、学生の心に引き出しを開けることが出来なかったのか不明だが、実につまらない応えしか帰って来なかった。きっと専門にする音楽と向き合った感激があったからだろうが、だれもそれを語れなかった。いや本当に無かったのかもしれない、とさえ思った ☆フルートが何故好きになったのか、それで何をみんなに伝えたいのか、将来どうありたいのか、誰も語ることは無かった。先生に言われた通り、まるでコピーを繰り返すように、日課をこなしている。全員がそうではないだろうが、ほとんどの卵は茹で上がっていた。
posted by Dr.ひ〜ろ〜(坪能克裕) at 21:28| ドキュメント