2018年02月10日

魅力発進

 音楽の魅力、自分が専門とする出会った楽器の魅力、名曲や人との出会いの感動を、子どもにも分かる内容でみんなに話して欲しい ☆音大生に課した話題だが、聴き手も私も「なるほど」「凄い」「感激」という反応は一回も無かった。課題の出し方が悪かったのか、学生の心に引き出しを開けることが出来なかったのか不明だが、実につまらない応えしか帰って来なかった。きっと専門にする音楽と向き合った感激があったからだろうが、だれもそれを語れなかった。いや本当に無かったのかもしれない、とさえ思った ☆フルートが何故好きになったのか、それで何をみんなに伝えたいのか、将来どうありたいのか、誰も語ることは無かった。先生に言われた通り、まるでコピーを繰り返すように、日課をこなしている。全員がそうではないだろうが、ほとんどの卵は茹で上がっていた。
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2017年06月01日

無形の音

 形があるようで無いのが音だ。自然界の音に形を加えたものが音楽になる。だから音の世界は本来は形があって無いものだ ☆天才から我々市井の人びとの誰彼もなく形をなした音を聴く。偉人ほど天空の音を切り取って人びとに伝える。それはまた形の認識になるが、聴き手は形から飛び出していく音に驚きを感じている ☆音を形で認識をすることに、つくった人びとによる世界観の差異性を感じる。しかしそこで立ち止まるのではなく、つくられた天才の構築した音たちが、再現の時など特に形の無い世界への発信に耳を傾けると、違った世界に触れる想いがする。
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2017年02月14日

寺の世話役

 どこのお寺に行っても「講」のような”世話役”がいる。揃いのはんてんを着た高齢者が多い ☆多くの例はボランティアだ。仏様に奉仕している満足感がある。”選民主義”を地で行った人や、邑社会を作っている人や勘違いの人びともいる ☆光を浴びられる瞬間に弱者を蹴飛ばして我先に名乗るようなところもある。世話役も現世のドロドロから抜けない所がお寺での参拝客の手本になっている ☆見守るだけ、微笑んでいるだけ、困った人に「耳を傾ける」だけ。出来そうで出来ない姿を見せているのが世話役の本領だ
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2016年08月24日

記譜法学会

 1972年にローマで「国際記譜方学会」が開催された ☆ グラーツで国際現代音楽祭に参加した帰り、ローマの「ノーヴァコンソナンツァ」が拙作を演奏会に採り上げるというので立ち寄った。そこで記譜方の学会があったわけだが、発表など当時何のことだか私には分からなかった。図形楽譜や現代の様々な記譜の問題が討論されていたのに・・・ ☆資料は冊子からパンフレットまで合わせると百科事典一冊分にもなり、帰りの荷物は重かった。その後イタリア語の資料が多く、読むのに苦労してそのママ段ボール箱で眠り続けていた ☆役半世紀経ち、それを研究している若者が現れた。全部差し上げた。役に立つとは思わなかったが、意外なところで生き返った。二度と手に入らない貴重な資料として生かされた。資料は取っておくモノだと感じた。
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2016年08月02日

現場検証

 今はTVにも視聴率があって、視聴者の反応は直ぐ分かる。しかし例えばドラマでも、歌謡ショーでも、どこが受けたか明確ではない。もちろん視聴率は動くから、多くの人びとが支持した場面はピークで分かる ☆昔がいいとは限らないが、映画館での観客の反応は凄まじかった。手を叩いて興に入ったり、台詞の受け渡しも瞬間に受けることが分かる。それでシナリオを書いた人は直接肌で反応をチェックすることができた。だから同じウケ台詞は使い回しが利いた。「お前の出る幕じゃァねえ!」「へェ・・・」という場面もいい例だ ☆一回の TV放映と、半年も全国を巡業した映画とは比較出来ないが、制作関係者は「何が、どこがウケたか」色々な手を使って調べている。”柳の下のドジョウはいるだけ採れ”という世界だ。ウケる嗜好が多くなった分、ドジョウを探しても見つからないことが多くなった。
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2016年05月27日

葬送の響

 人は長いこと生きていると、多くの生命の誕生を祝い多くの別れを経験する ☆また一人友を亡くした。23日に入院・24日朝に亡くなり・25日昼には葬儀が営まれ荼毘に付された。瞬時のことで夢かと思った ☆音楽づくりを含む創造的な音楽活動を音楽の授業に教材化した功績は輝きがあった。時代をつくった人の一人だった。この世のミッションを終え、天使と共に飛び立った感がある ☆生き方が上手かったとは思えないが、音楽への情熱は凄まじいものがあった。教会が悲しみに包まれた瞬間でも、ミッションを果たした人の響きは重厚に鳴り響いていた。故高須 一氏の冥福を祈りながら、その足跡は祝うことにした。
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2016年03月14日

即死回数

 仕事に限って言う。♪切られて死んだの五万回、という歌もあった。傷だらけの人生という言葉もあった。仕事に限らず瞬時に切られることが人生ではよくあることだ。サムライ時代では即死だ ☆考えたら何回死んだことだろうか?無防備なために、失言の為に、闇打ちのような瞬間に、誤解を持たれて・・・言い分が沢山あるのに、問答無用で息の根を止められてしまう。誰にでもあったことだろう ☆それでも生かしていてくれる宇宙の生命は凄い!即死の数をエネルギーにする人もいる。ということは即死の回数が多いことも大切だ、ということか?しかし出血サービスのような例も無いではないが・・・
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2016年02月01日

合唱指導

 ソロ楽器の演奏・歌唱も、合唱団を歌わせることも、表現者の歌そのものだ ☆ピアノを弾いても、演奏者の音そのものが出る。歌い方も楽器を通して出る。歌っているフリしているが、全く歌えないピアニストもいる。アンサンブルになると指揮者の歌い方に統一される。もちろん個々が歌っている表現を全体としてまとめる役だが、指揮者の歌い方の元にまとめられることが多い ☆高齢のベテラン指揮者が幾つもの”おかあさんコーラス”を振っていた。どこも同じ歌い方で、日本の叙情歌が切れ切れの浪花節に聞こえた。誰も注意しないベテランの陥る”つぶやきソング”がそこにはあった。別の所では奇妙な指揮をしていた。歌とまるで違う動作が違和感を覚えた。理由を追い求めたら、故人の合唱指揮者の部分的なマネをしているだけで、歌とは関係無いようだった ☆歌うこととそれを表現することは、音楽の基本に当たるが、その簡単なことがとても難しいことだと再度思い知らされた。
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2016年01月23日

教科書謝金

教科書にまつわる謝金のやり取りが問題になっている。新しい教科書への会議・意見に対して、先生が教科書会社から謝金を受け取っていた問題だ ☆教科書会社は採択されるか否かで社運にも関わる問題だ。だから営業対策でルール違反ギリギリの攻防をしている。今に始まったことではない。私の目の前でも起きていた日常行事だった。会社側が営利目的だと責められるが、教師の方にも問題がないわけではない。当然と思って自ら手を出して暗に要求した人もいた ☆畢竟、直接的な謝金は避けるようになる。意見を反映させる会ではない企画にご招待して、直接関係無い話の車代やお弁当代に封筒に入る程の金額を入れて渡すことになる。阿吽の呼吸、というヤツだ。また日頃の付き合いで、何かとお世話することによっての"密約"も生まれて来る。採択に影響を及ぼす各地のボスは飛び交う資金の波を上手に泳ぐことになる ☆最近は"小子化"で、中高から専門学校・大学まで受験生の奪い合いだ。ここでもボスがレフリーしていたりする。どこまで行っても人には"欲"があり、プライドがあるから、この種の問題は無くならない。困ったモンだ。
posted by Dr.ひ〜ろ〜(坪能克裕) at 19:38| ドキュメント

2015年12月27日

無視の域

 ひとに危害を加える暴力は犯罪になる。肉体的に傷を負うことが多い。言葉の暴力も精神的な傷を負う。直接浴びせる言葉から、文書・ネットなど、多種多様な暴力がある ☆イジメは子どもから大人の社会まで、多種多様な暴力として実際に存在している。イジメというソフトな言葉になっているが、実際は暴力だ。そこにもう一つ動物の牙に似た暴力がある。それは「無視」だ。相手にしないこと、疎外させること、村八分にすることだ。相手と言葉を交わさないどころか、顔も合わせない、空気のような透明感を持ち「いなかったこと」にする手だ。これがインテリにも多くいる。そして深く精神的なダメージを相手に与える効果的な方法だと思っている ☆他人の持つ価値観で、自分と全て合う人はいないだろう。村一分か二分まで否定する権利は誰にも無い。その僅かな長所も攻撃する人が多い。そのタイプの人に「イジメはいけない」などと言う資格は無い。形を変えた暴力団の一員だ ☆子どもの頃から「無視」攻撃に、色々な場面で遭ってきた人がいる。キャラクターだけが原因ではないだろう。でも暴力で仕返しをすることもなく、様々な現象を許し、忍んでしきている。しかし根底にはその暴力によって受けた傷は許さない!と叫んでいる。
posted by Dr.ひ〜ろ〜(坪能克裕) at 18:14| ドキュメント