2018年07月31日

初訪問の人に

 本ブログに初めてご訪問いただいた人にお知らせします ☆お尋ねいただいたことに感謝申し上げます。随分間遠なブログに思われるかもしれません。過去の履歴も月に一回程度の記事しか残っていませんから ☆話題は数週間、数ヶ月で消去されていて、月に数回しか残っていませんが、実際は1,300回ほどの掲載がありました。千夜一話以上の話題を提供して参ったことになります ☆今夏より斬新な話題を少々提供させていただき、作曲・文化事業・音楽大学を中心に、様々な情報を掲載させていただきます。音楽大学の未来という問題一つにしても、40年前の雑誌への寄稿は的を射ていて現在もブレていません。怖い話しをつなげます
posted by Dr.ひ〜ろ〜(坪能克裕) at 22:05| 日記

2018年07月01日

リニューアルに向けて

 今年の三月で一度ブログを閉めました。私がブログを通して発信する社会的な役目を終えたと思ったからです
☆個人的な意見だけではなく、現代音楽を通した公益性のある社会的な活動の継続を鑑みて、私や仲間・チームのためにも私がもう少し本ブログから発信する必要があるため、今夏リニューアルして数年でも継続させていただくことにいたしました ☆ただ今準備中です
posted by Dr.ひ〜ろ〜(坪能克裕) at 23:19| 日記

2018年03月31日

ありがとう

 ブログを開設以来18年間で約2,500本書かせていただいた。ほぼ全部お読み下さった人も数名おられた。感謝の気持ちで一杯だ ☆リニューアルするかもしれないが、ひとたび幕を引くことにした。皮肉なことに自作演奏会のお知らせなど続々と誕生しつつある。何かで伝わることだろう。アクセスしてくださった人びとのご健勝でのご活躍を、お祈りしています。
posted by Dr.ひ〜ろ〜(坪能克裕) at 21:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2018年03月15日

新作続々

 トーンチャイムの作品「祈りの鐘」が完成した。子どもから大人・障害の有無に関わらず参加できる音楽づくりから生み出される音楽だ。今年の晩秋までに公開演奏会で発表する予定だ ☆くらたここのみの詩に子どもが歌うう作品を多数書いた。子どもが一回で覚えて歌えるグレードだが、ピアノを含めた音楽の質は手加減していない。これも今年中にまとめて発表されるはずだ ☆室内楽と管弦楽曲の創作も盛んだ。でも演奏会の直前にホームページなどでお知らせできないのが残念。まだまだ新作を生み出すエネルギーと内容は衰えていない。
posted by Dr.ひ〜ろ〜(坪能克裕) at 11:57| 日記

2018年02月01日

型より入る

 物事には基本があり型がある。武道だけでなく音楽にもある ☆型とかマニュアルが無いと多くの人に基本から応用に拡げる事が難しい。しかし型に入ると出られない人も多い。出る必要もない、という人やジャンルもある ☆創造性はその基を生かして脱していくことだが、型を金科玉条に守る人が多い。音楽でもいまだに西洋に被れたままの人もいる。被れた同志の言葉は通じやすい。被れから脱却すると異なる見方も出来るだろうが、人は直ぐに保守に回るからなかなか型を超えることが無い ☆作曲に限らず、各種のコンクールなどを見ると、音楽が自由に飛び出さない全体主義のような型が拡がって行くように思える。
posted by Dr.ひ〜ろ〜(坪能克裕) at 17:23 | TrackBack(0) | 日記

2017年11月13日

音楽づくりの極致

 東京タワーで国際文化交流を含むフェスティバルが11月11日&12日に開催された ☆チリの民俗ダンスの音楽に、邦楽器とアジアの楽器にヴィオラを加えた音楽をその場で参加者がつくり、チリの人びとが踊った。文化の出会いと創造を同時にした画期的な作品がつくられた ☆この種の企画は難しく、誰も出来なかったし、伝統と創造のバランスも取れないキワモノになり安い企画になるのだが、音楽の先生方や音楽を専攻している大学院生が集い、美事にその場でお互いの伝統を生かして、国を超えた新作を公開することに成功した ☆音楽づくりの極致だと思った。若い世代が、上辺の物まねでなく、国境を越えた新しい世界を拡げたことに驚嘆した。ワークショップリーダーは、東京学芸大学准教授の石上則子先生が担当した。
posted by Dr.ひ〜ろ〜(坪能克裕) at 22:28| 日記

2017年10月03日

一致・不一致

 演劇での音楽と人形劇の同一コンセプト ☆主人公の女性が「語る」。背後で人形がパントマイムを演じる。人形は主人公の台詞に対して三通りの仕草をする ☆台詞と全く同じで、口も表情も動きも<一致>。台詞とズレるパントマイム。少し早く台詞の動作になるか、遅い反応による人形の表現が独自に<不一致>のように展開する。最後は台詞と<無関係>な世界を人形が表出させる。悲しい内容でも喜びのポーズが短い時間だが現れる ☆この三つの関係は「音の触媒」として拙作の初期に応用されていた。音楽も人形劇のような音の意味が伝わると良く聞こえるだろう・・・演劇でも音楽でもコンセプトは同じ作品を発表したことがあった。
posted by Dr.ひ〜ろ〜(坪能克裕) at 18:15 | TrackBack(0) | 日記

2017年06月28日

イメージ&ストーリー

 見た目9割、聴いた目9割、外見で判断し、そこからのイメージを膨らませ、ストーリーを築いて行くのは、月にウサギがいて餅つきをしていることを描いた時代と現代でも変わらない ☆現代の音楽もストーリー性を声高に唱える人もいる。音が効果的にイメージを呼び起こし、それを描写出来る事がいいらしい。早く言えば劇音楽の伴奏版の創作なのだろう ☆ただストーリー性が全くないか、というとそうではなく、音のつながりには意味があるわけだから、自然とストーリー性は備わってくる。要は先ず説明があっての音楽か、音からひとそれぞれがイメージを膨らますかなのだが、分かりやすく映像も呼び起こさせる音楽が流行るのが手っ取り早くていいかもしれない。
posted by Dr.ひ〜ろ〜(坪能克裕) at 10:23| 日記

2017年05月04日

音の手のウチ

 手のウチを読む、という言葉がある。勝負にもあるが、文学でも音楽にもある ☆モノづくりには全体の構成がある。部分の組み立てが全体をつくる。どうつくるか、どう展開していくか、常套手段でないオリジナルな手でまとめて行くから面白い ☆ところが音楽でも手のウチが読めるつくり方がある。クライマックスに向かうための布石の音だったりする。読めた瞬間にシラケる。誰も使わない手で聴いたことのない音や響き、論調、展開の仕方が面白いのだが、安心して身を任せる手が多いようだ ☆劇音楽などその典型だが、しかしシリアスなはずの音楽にも堂々と分かりやすいコミュニケーションが闊歩していく。その方が表彰しやすいので価値があるようだ。そこで評価の対象外での闘いがあるのだが、手のウチが読めない世界は理解し難いことも合わせ持っている。
posted by Dr.ひ〜ろ〜(坪能克裕) at 22:34| 日記

2017年04月20日

指揮即絶句

 ママさんコーラスのリサイタルだった ☆指揮者が奇妙な合図を送っていた。拍子を振りながら、突然右手を低い位置から頭にかけ人差し指で何回も突き上げるのだ。何の意味があるのか奇妙に感じた ☆その人の師匠の VTRを見た時に分かった。師匠最後の余命僅かな時のステージの指揮がそれだった。それには意味があった。音楽の根幹を指し示す突き上げるパワーがあった。その表面を真似たものだった ☆なんでもいい。形を真似るのも音楽だ。しかし、表現を間違えると、虎の威を借りた姿になる、という自戒を込めた表現に出会いビックリした。
posted by Dr.ひ〜ろ〜(坪能克裕) at 22:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記