2016年04月04日

オープン会館

 文化施設の活動は五年で様変わりしていく ☆四半世紀前は、一流のプログラムを買い取る企画が大変だった。十五年前後では、市民参加やアウトリーチ事業の展開に躍起になっていた。市民文化の育成や地域の人財育成が、文化力を生み育てる原動力になっていた ☆現代もそれは望まれている。その成果が地域の枠を超えて文化の発信になることが期待されている。それプラス「交流の場」としての役割が増えて来ている。大学・高校では受験生の募集に精出している。少子化の波が文化にも影響するところだ ☆そのためには、大学がオープンキャンパスで次世代(受験生)と交流するように、文化施設も幅広く大学受験生だけでなく、高校・中学まで含め、また将来の地元企業への就職を兼ねた交流を早くする必要が生まれてきている。そこで”オープン文化施設”が必要になってきている。特定の大学・高校・クラブ・企業だけでなく、様々な人びとが行き交うスペースだ。資金を掛けず、持ち寄りで”文化”をテーマに交流する。それが文化施設の残された役割になっていくようだ。
posted by Dr.ひ〜ろ〜(坪能克裕) at 23:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 文化事業

2016年03月22日

変幻自在

 公立文化施設の文化事業概要は、三年待たずに変わって行く。どの施設も「世は無常だ」 ☆以前は高価な買い取り企画がメインにあった。その後市民参加や市民文化の育成、出前企画が起こり、会館内外で活発に事業が展開された。栄枯盛衰とは異質な行政の意向やシステムの変化、時代や市民ニーズ、資金の獲得方法の違いによって、文化会館も変わりつつあった。「指定管理者制度」の導入もあり、施設の運営も事業そのモノも大きく変わったと言える ☆三年現場から離れると、情報の受発信から、未来の展望も分かりづらくなる。しかし一つ言えるのは、文化施設だけの文化事業から、地域の様々な人や組織と連動した企画による施設の生かされ方がこれから必要とされているようだ。
posted by Dr.ひ〜ろ〜(坪能克裕) at 23:08| 文化事業

2015年11月15日

落研・20周年

 文化会館の芸術監督時に、幾つもの市民文化参加団体を創設した。市民自らの力で文化をつくり・育て・交流する大切な基礎作りだった。「魔法の学校」も同じコンセプトで開校していた ☆20周年の記念公演があった。落語研究会だ。これが素晴らしい成果を上げていた。 20年の途中経過は知らなかった。それだけ市民の手でつくりあげた成果になっていた。それとオチ研の特性か、地域から拡げられ、つながり、豊かな人々の輪が育っていた ☆ビックリしたのは女性落語家!これがハンパでなく上手い。仲間にはその技量の女性タレントさんがゾロゾロいるらしい。週末にはお座敷が引きも切らさずあるそうだ。男性陣もプロとして食べているのではないか、と思うくらい貫禄がある。自立した市民文化はここにあった ☆アウトリーチで洋楽が地域・学校に入る文化活動に有料で参加している。文化施設はそのバカにならない予算を毎年計上している。しかし本来はオチ研のような活動が基本にあって、そこに必要に応じて文化施設の予算が投入する方が理想だと思っている。何十年立っても同じ理念を確認し、なおかつ上質な市民文化の展開を見たように思った。招待されて幸せだった。<越谷市市民活動支援センターにて11月15日午後>
posted by Dr.ひ〜ろ〜(坪能克裕) at 22:12| 文化事業

2015年10月01日

雀の子は雀

ひばり(美空)になる人は、最初からヒバリ。雀の子はひばりになれません ☆アイドル・歌手・タレント・ミスなどのコンテストの全てでは無いが、最後は親を見て決めるというギョーカイの話が TVに出たことがあった。プロデューサーの目は正にそうだ。親がハデでなくても、その存在や生き方は人々が見ている。その人の子は何時もタレントに向くとは限らない。しかし天から授かった力は、磨く前から匂ってくる。存在自体違うのだ ☆音楽家もそうだ。天賦の才は第三者が大切にする、という話は本当だ。努力すれば夢が実ると言い切れないところが辛い。どんなに奏でようが雀は雀なのだ。それを早く気が付くことも大切だ。気が付かないで最後まで努力し続けることも尊いことだ。価値はそれぞれにあり、何とも言えないが、ひばりになれると信じているひとが結構多いのが世の中だ。だからこそ、雀の何処がいけない!と言ってみたくなる。みんな雀になると、そのなかで輝く雀が出てくるからもっと面白い!
posted by Dr.ひ〜ろ〜(坪能克裕) at 18:54| 文化事業

2015年07月01日

支援再び

 文化事業のアドバイザー・同支援員など、文化会館の相談や助言のお手伝いもしてきた ☆文化会館の芸術監督など、直接従事していた時代から遠ざかって十年以上になる。随分、文化会館を取り巻く環境や、そこで働く人びとの実力や仕事内容も替わってきている。本当は、もう私がアドバイスする内容や、ご支援させていただける役割は無くなっているのだと思った ☆そこで”お役御免”を、機がある度に関係者に申し上げてきた。「ジョ〜ダンでしょ!」という反応だ。謙虚に言ったつもりだったが。体力・精神力・集中力、そして勉強の度合いが弱くなってきて”隠居”の感が免れなくなってきたからだが・・・ ☆大型鑑賞企画(ドリーム事業)に人材育成事業を加え、地域の文化芸術に於ける”自給自足”から、海外を含む他の地域との文化的な発信・受信事業の必要性、またその方法など、色々な施設で実現し出している。またネットを駆使した事業展開から、学校・企業などと連携して人びとの交流空間とする事業への展開なども、実績を持ち始めている ☆もう私が例示する必要も無くなったように感じていた。本当は良く分かってないのに、分かったフリして頑張ってきたので、バレないうちに幕を引くのが才能なのだが、それも怪しいようで困っている。
posted by Dr.ひ〜ろ〜(坪能克裕) at 19:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 文化事業