2017年02月26日

音楽科学

 音楽大学に限らず「音楽科学」の専門学科は必要だ ☆音楽は文化系の学力で理系には弱かった。だから雰囲気や情操などのあやふやさが通っていた。文化芸術のなかの専門の特殊技術が優先されていた ☆理学系の学問を備える必要がある。脳科学や精神科学も必要だ。それで”療法”に向かうこととは違う。科学的な力と、コミュニケーション能力に音楽がサポートする能力を培うことが必要だ ☆何処に就職するかって?(地方)公務員の試験を経れば、文化施設だけでなく、文化団体や教育関係とも四つに組める能力として様々な職業に歓迎される。そういう時代だ。
posted by Dr.ひ〜ろ〜(坪能克裕) at 23:28| 日記

2017年02月14日

寺の世話役

 どこのお寺に行っても「講」のような”世話役”がいる。揃いのはんてんを着た高齢者が多い ☆多くの例はボランティアだ。仏様に奉仕している満足感がある。”選民主義”を地で行った人や、邑社会を作っている人や勘違いの人びともいる ☆光を浴びられる瞬間に弱者を蹴飛ばして我先に名乗るようなところもある。世話役も現世のドロドロから抜けない所がお寺での参拝客の手本になっている ☆見守るだけ、微笑んでいるだけ、困った人に「耳を傾ける」だけ。出来そうで出来ない姿を見せているのが世話役の本領だ
posted by Dr.ひ〜ろ〜(坪能克裕) at 23:29| ドキュメント

2016年10月09日

Celestial- Vib 

 宮本妥子嬢が拙作を演奏して You-tubeにのせてくれた。 KATSUHIRO TSUBONOHで検索できる ☆天空に鳴り響く音世界を描いた音楽だが、宮本嬢が自分の言葉として表現してくださっている。私は同曲を多数の演奏家が採り上げてくださったが、彼女の演奏が特に素晴らしいと思っている ☆バチによる多様な色彩感がある。ヴィブラフォーンの持っている音世界の全てが集約されている。誰も出し得なかった倍音の組み合わせが新たな倍音歌を生み出している・・・。一度はお聴きになった方がいいと、あつかましくも推薦させて頂いた ☆宮本妥子嬢は世界に通用するアーティストだ。現在関西を中心に演奏活動を展開されておられるが、その一級の腕が世界に向けて発信出来る映像でもある・・・本蘭を千回以上執筆しているが、自作を自慢して推薦させて頂いたのは初めてだ。
posted by Dr.ひ〜ろ〜(坪能克裕) at 23:08 | TrackBack(0) | コンサート

2016年08月29日

子どもの音楽(3)

 演奏家がやりたがる曲を優先的にプログラム化したがる。聴き映えだって、演奏の充実感だってある。どこでもやっている「らしい子どものため」の演奏会を参考にしたがる。そんなモンだから、という雰囲気もある ☆子どもの音楽や教育の専門家・音楽教育プログラムを研究&実践している人・作曲家などが加わったブレーンと提携していないプログラムに優れた演奏会は無い。専門家の意見は貴重だ。そこまで最近は掘り下げて制作していることが多くなった。制作関係者で”学習指導要領”を読んでいる人にも出くわすようになった。子どもダマシでなくなった。そこまで考えない企画は、本物を聴かせているポーズだけはあるが、殆ど大人の満足になっている。子どもの・・・と掲げる時は、そのくらいシビアであって当然だ。大人向けのコンサートより、とても大変なのだ。
posted by Dr.ひ〜ろ〜(坪能克裕) at 19:25| コンサート

2016年08月24日

記譜法学会

 1972年にローマで「国際記譜方学会」が開催された ☆ グラーツで国際現代音楽祭に参加した帰り、ローマの「ノーヴァコンソナンツァ」が拙作を演奏会に採り上げるというので立ち寄った。そこで記譜方の学会があったわけだが、発表など当時何のことだか私には分からなかった。図形楽譜や現代の様々な記譜の問題が討論されていたのに・・・ ☆資料は冊子からパンフレットまで合わせると百科事典一冊分にもなり、帰りの荷物は重かった。その後イタリア語の資料が多く、読むのに苦労してそのママ段ボール箱で眠り続けていた ☆役半世紀経ち、それを研究している若者が現れた。全部差し上げた。役に立つとは思わなかったが、意外なところで生き返った。二度と手に入らない貴重な資料として生かされた。資料は取っておくモノだと感じた。
posted by Dr.ひ〜ろ〜(坪能克裕) at 19:02| ドキュメント

2016年08月10日

ス芸(スゲ〜ッ)!

 感動の基になる一つにヴィルトゥーゾ(超絶技巧)がある ☆体操などにも人間業とは思えないスゲー表現に出会うことがある。作曲でも演奏でも、スゲ〜ッと魅入られる世界の提示がないと、時代に埋もれていく。素恋(すごい)とか、う舞(うまい)とかいうレヴェルではない。芸を超えたところに新世界がある ☆一度見聞きすると、同じ表現でも次からは感動の度合いが減っていく。それを超えて、何回もス芸!と言わせられないと消えていく。そう!芸術だって”格闘技”だからだ。残念ながら最近では「ス芸!」と驚くことがなくなった。それが私にとってはス芸ことだ。
posted by Dr.ひ〜ろ〜(坪能克裕) at 18:39| 日記

2016年08月02日

現場検証

 今はTVにも視聴率があって、視聴者の反応は直ぐ分かる。しかし例えばドラマでも、歌謡ショーでも、どこが受けたか明確ではない。もちろん視聴率は動くから、多くの人びとが支持した場面はピークで分かる ☆昔がいいとは限らないが、映画館での観客の反応は凄まじかった。手を叩いて興に入ったり、台詞の受け渡しも瞬間に受けることが分かる。それでシナリオを書いた人は直接肌で反応をチェックすることができた。だから同じウケ台詞は使い回しが利いた。「お前の出る幕じゃァねえ!」「へェ・・・」という場面もいい例だ ☆一回の TV放映と、半年も全国を巡業した映画とは比較出来ないが、制作関係者は「何が、どこがウケたか」色々な手を使って調べている。”柳の下のドジョウはいるだけ採れ”という世界だ。ウケる嗜好が多くなった分、ドジョウを探しても見つからないことが多くなった。
posted by Dr.ひ〜ろ〜(坪能克裕) at 00:11| ドキュメント

2016年06月01日

真っ黒総譜

 現代音楽の総譜(スコア)は細かくてギッシリ、真っ黒に書かれているものが多い。特にコンクールになると、熱意の象徴のように真っ黒だ ☆ゴチャゴチャした音がグチャグチャ鳴っている、と読むと大体そんな音がする。五線紙が目立つ、つまり音譜が少ないといい音がしないように思っている人が多い ☆その真っ白な楽譜を記す代表は、亡くなられた「若松正司」さんだった。音譜を何処に書いてあるのかビックリするほど少ない。ところがオーケストラが鳴り出すと、素晴らしいアレンジの音がした。確かに必要な音が最小にして最大の効果が上がるように書かれていた ☆私の図形楽譜も「即興」と演奏者の「創造」に負えるように記されている。書かれたことが少ないと大体心配になり、不安が募り、不満が出る。或いは「みんな私がやってあげたの」という自分の創作を主張する人もいる。難しい話だが、最小にして最大の表現が出来るということは、創作の神髄だろう。
posted by Dr.ひ〜ろ〜(坪能克裕) at 19:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 作曲

2016年05月27日

葬送の響

 人は長いこと生きていると、多くの生命の誕生を祝い多くの別れを経験する ☆また一人友を亡くした。23日に入院・24日朝に亡くなり・25日昼には葬儀が営まれ荼毘に付された。瞬時のことで夢かと思った ☆音楽づくりを含む創造的な音楽活動を音楽の授業に教材化した功績は輝きがあった。時代をつくった人の一人だった。この世のミッションを終え、天使と共に飛び立った感がある ☆生き方が上手かったとは思えないが、音楽への情熱は凄まじいものがあった。教会が悲しみに包まれた瞬間でも、ミッションを果たした人の響きは重厚に鳴り響いていた。故高須 一氏の冥福を祈りながら、その足跡は祝うことにした。
posted by Dr.ひ〜ろ〜(坪能克裕) at 11:02| Comment(0) | TrackBack(0) | ドキュメント

2016年05月23日

アジア管絃の現在

 「祷声」という企画の演奏会が22日・京都市立芸術大学で開催された。コンテンポラリー作品を集めて、表記テーマの基室内楽・合唱など二部構成で一日音楽に満たされた空間を経験した ☆拙作のヴィブラフォーンの作品も宮本妥子氏が見事な祈りの世界を拡げてくれた。国内外の選りすぐれた作品が多かった。しかし何より驚いたことは、演奏レヴェルの高さだ。それも大学教員が・・・ではなく、今学んでいたり、今春大学院を卒業した人びとが、ベテランのような説得力で表現していた ☆四半世紀前には考えられないレヴェルだ。京都という一つの町にこんなに優れた音楽家が生まれているなど、信じられない世界が展開していた。続々とハイレヴェルの演奏家が生まれている。凄いことだ!
posted by Dr.ひ〜ろ〜(坪能克裕) at 19:05| コンサート